2010年 07月 16日
平和という言葉 |
言葉は、難しいね。
オレは、なるべく一人称で述べたいのね。
自分の望み、得意、不得意、感じる事、出来ること、愛すること、戦うこと、歌にしてもなるたけ一人称で考えている。
一人称でなくなる時というのは、家族、バンドのような、積み上げられてきた絆に対してくらいで、なるべく自分の心の
力を入れなくていい本音を出して生活したいと思っている。
平和という言葉
オレの幼少期は、まだ戦争の臭いがぷんぷんとしていて、全ての防空壕には、復員兵がルンペンとして暮らしていた。でも、それは、今から考えてみると安堵の時代だったのかも知れない。
戦後の混乱という言い方があるけれど、人が生活する為に、その能力を駆使できる自由さも、またあったのではないか。今のように、カチッとした土地の区分けも曖昧で、国という組織の一細胞を義務づけられた戦争という苦難から解放された時代。
1950年、オレがまだ3歳の頃、朝鮮戦争が始まり、故郷小倉の上空はいつもロッキードの大編隊が朝鮮方向に轟音と共に行き交っていた。そのイメージは、どうしても鉄色、灰色で心に残っている。
オレは、戦争の下に生きていたんだなぁ。実際、米兵もいたし、復員軍人もまだ多くは軍服を着ていた。もしかしてあの時代は、変な言い方かも知れないが、近くに戦争があり、自分らは安全な場所に暮らすという意味で、今より平和だったのかも知れない。だから、オレが生まれたのかも知れない。
そういう意味からすると、現代は、全てが複合汚染で、明快な解決法など存在せず、絶望を拒否しようと自分を励ます為の魔法を信じる傾向が社会に膨らんでいる。
これは政治や現実に向くより、念に向けられている。平和の祈り? 世には戦いの祈りだってある。
癒されたい、救われたい、という欲が膨れあがり、幸せを演じる人も多いように感じるのは、オレがひねくれているからだろう。ただ、オレは、さほど苦しむこともなく神(言っておくが何処の宗教組織も関係ない)に感謝して楽しく生きることを得ている。
オレは、なるべく一人称で述べたいのね。
自分の望み、得意、不得意、感じる事、出来ること、愛すること、戦うこと、歌にしてもなるたけ一人称で考えている。
一人称でなくなる時というのは、家族、バンドのような、積み上げられてきた絆に対してくらいで、なるべく自分の心の
力を入れなくていい本音を出して生活したいと思っている。
平和という言葉
オレの幼少期は、まだ戦争の臭いがぷんぷんとしていて、全ての防空壕には、復員兵がルンペンとして暮らしていた。でも、それは、今から考えてみると安堵の時代だったのかも知れない。
戦後の混乱という言い方があるけれど、人が生活する為に、その能力を駆使できる自由さも、またあったのではないか。今のように、カチッとした土地の区分けも曖昧で、国という組織の一細胞を義務づけられた戦争という苦難から解放された時代。
1950年、オレがまだ3歳の頃、朝鮮戦争が始まり、故郷小倉の上空はいつもロッキードの大編隊が朝鮮方向に轟音と共に行き交っていた。そのイメージは、どうしても鉄色、灰色で心に残っている。
オレは、戦争の下に生きていたんだなぁ。実際、米兵もいたし、復員軍人もまだ多くは軍服を着ていた。もしかしてあの時代は、変な言い方かも知れないが、近くに戦争があり、自分らは安全な場所に暮らすという意味で、今より平和だったのかも知れない。だから、オレが生まれたのかも知れない。
そういう意味からすると、現代は、全てが複合汚染で、明快な解決法など存在せず、絶望を拒否しようと自分を励ます為の魔法を信じる傾向が社会に膨らんでいる。
これは政治や現実に向くより、念に向けられている。平和の祈り? 世には戦いの祈りだってある。
癒されたい、救われたい、という欲が膨れあがり、幸せを演じる人も多いように感じるのは、オレがひねくれているからだろう。ただ、オレは、さほど苦しむこともなく神(言っておくが何処の宗教組織も関係ない)に感謝して楽しく生きることを得ている。
by voice-of-sora
| 2010-07-16 00:06